これまでこのサイトに書かれた多くの文章のまとめとして、シヌノラの本質とは何か……という総合的な話を書きます。
シヌノラの個性とは何か §
おそらく、多くの人たちはシヌノラの個性を「淫らな美女」と考えていると思います。
事実、シヌノラは、作中で驚くほど多くの回数犯されています。
未遂や視姦を含めれば、51回という数字になっています。(「コミックス ガンフロンティアにおけるシヌノラのプレイ一覧 Ver: 2007/4/7」による)
しかし、シヌノラ以外の美女が犯されるケースも珍しくないことから考えて、ガンフロンティアとは、まるで息をするのと同じぐらい自然に男は殺され、女は犯される作品であると見ることができます。
とすれば、実は「淫らな美女」であることはシヌノラだけに見られる突出した個性とは言い難いと言えます。
では、いったい何がシヌノラの個性なのでしょうか?
1つだけ、シヌノラが作中の他の「淫らな美女達」と一線を画するのは、どれほど誰から犯されようとも、超然と生き続け、旅を続けられる点にあると言えます。なかなか本音を見せず、平然と仲間を裏切り、しかしトチローとハーロックへの誠実さは貫徹します。
この、いかなる状況も超然と受け入れ、そしてトチローとハーロックにのみ絶対的な支援と恩恵を与えること。
それがシヌノラの個性なのでしょうか?
真のシヌノラは超然となどしていない §
しかし、これまで書いてきた多くの文章は、シヌノラという女性は何があっても動じない超然とした精神を持っていないことを明らかにしました。シヌノラは心が揺れ動き、思いがけない出来事に動揺し、反射的に嘘をつくこともあり、トチローとハーロックを裏切る後ろめたい状況に陥ることもあります。
むしろ、シヌノラは自分が何をしているのか自分でも正確には分かっておらず、自分の居場所を求めて彷徨う魂の持ち主だった……と考える方が妥当ではないかと感じられます。
そのような観点から、シヌノラとは何者であり、どこから来て、何を求め、何者になったのか?という問題を考えることは有効だと思います。
シヌノラは本来何者だったのか §
このサイトでは、シヌノラの正体をフランス革命時にアメリカに逃げてきた亡命貴族第4世代と推定しています。
富が集積される特権階級の末裔であり、肉体的にも文化的にも環境的にも、一般人とは比較にならない飛び抜けた豊かさを与えられ、生まれ育ったのがシヌノラであると考えます。これが、カテリーナが「全身まんべんなくお見事」とまで表するシヌノラの肉体と、西部を平然と生き抜く強靱な精神力を生み出したと考えるのが妥当に思えます。
しかし、フランス亡命貴族第4世代とは、既にほとんど無意味化していた概念です。既にフランス本土で貴族生活を体験した者は生き残っておらず、王政復古によってフランス貴族に返り咲くことの意味をリアルに理解している者はもういません。時代の流れから行っても、もはや王政復古などあまりに非現実的です。
つまり、シヌノラは自分が何者かを規定する「フランス亡命貴族第4世代」というアイデンティティが消失する危機に晒されていた立場だと考えられます。
シヌノラは、新しいアイデンティティを獲得しなければならない状況に直面していたと言えます。それが、おそらくはまだ意味のあった「フランス亡命貴族第3世代」と推定されるタタンダールとの決定的な立場の違いです。
シヌノラの模索 §
シヌノラは自分のアイデンティティを試行錯誤します。
最初にシヌノラが獲得したアイデンティティは、「組織のエージェント」であり、それは同時に星条旗に忠誠を誓う合衆国民になることを意味したのでしょう。
しかし、トチローとハーロックとの出会いを通して、シヌノラはこのアイデンティティを自ら放棄し、「組織の裏切り者」という別のアイデンティティを獲得します。
そして、組織が実質的に壊滅した後に、「日本人の女」というアイデンティティを獲得して作品は終了します。
最終的なシヌノラの態度を見る限り、「日本人の女」とはシヌノラにとって満足に行くアイデンティティだったのでしょう。逆に言えば、他のアイデンティティは満足の行かない過渡期のものに過ぎなかったと言えます。つまり、星条旗に忠誠を誓うことは満足行かないが、日本人の女は満足が行ったということです。
文化水準の問題 §
文化的な成熟度という観点から見ると、フランスは最大級の国と言えます。
一方、アメリカの文化が世界をリードしていくのは、20世紀以降のことであり、作中年代の世界ではまだまだ文化的に立ち後れた国でしかありません。
では、この当時の日本はどうでしょうか?
日本は遅れた国であり、欧米に追いつくために必死に努力していた時代だと考えれば、日本の文化はアメリカにも後れを取っていると見えるかもしれません。
しかし、技術と文化は厳密に行けばイコールではありません。
たとえば、蒸気機関車を作る技術があれば文化水準が高いのかと言えば、必ずしもそうとは限りません。
たとえば、誠実であること、女性を大切に尊重すること、仲間を守ること、誰も見ていない時にも悪いことはしない……等々の規範を遵守することが文化の水準であるという考え方があるかもしれません。仮に、そのような考え方を取った者から見た場合、アメリカ人達とトチローとハーロックのどちらが文化的に高い水準にあると見えるでしょうか?
シヌノラの立場から見ると、世間にはひた隠しにしながら秘密の組織を使ってゴースト・ウェスターナーを皆殺しにしようとしているのがアメリカ人です。一方、何となく犯したくなったから……という理由ではけしてシヌノラの身体に手を出さず、しかも代価を求めずいつも守ってくれるのがトチローとハーロックです。
アメリカに亡命したフランス文化の中で育ったシヌノラが、もはや2度とフランスに戻ることはない……と決めたとき、どちらが自分のいるべき場所だと思えるでしょうか?
シヌノラがニューヨークから西に旅立たねばならない理由 §
シヌノラは西部に旅立った時点で、既にアメリカ人にある程度見切りを付けていたのでしょう。少なくとも、東部のアメリカ人は駄目だと思っていたはずです。
そこで、東に向かって船に乗ればヨーロッパであり、フランスがあります。しかし、今さら亡命貴族にフランスでの居場所はないでしょう。
逆に、開拓中であらゆる未来への可能性が開かれた西部であれば、シヌノラが望む「何か」が得られる可能性も感じられたのでしょう。
まとめ §
シヌノラとは何者であり、どこから来て、何を求め、何者になったのか?
おそらくシヌノラとはフランス亡命貴族第4世代として生まれた者です。そしてフランス亡命貴族第4世代という概念がほとんど無意味なものであるがゆえに、「シヌノラは何者か?」という問いかけに対する答も無意味化していったのでしょう。
それゆえに、シヌノラは自分が何者かを規定するアイデンティティとして、フランス亡命貴族第4世代とは別の何かを求めねばならなかったのです。
しかし、もはやフランスやヨーロッパにそれが無いことは明らかと見えたのでしょう。シヌノラは、ニューヨーク(東部)から西部に向かって、旅立たねばならなかったのです。
そして、シヌノラはアメリカ人からは得られなかった高潔さを持つ日本人の女となることで、探し求めたものを手に入れます。
それを手に入れるまでは、揺れたり崩れたりする心と向き合いつつ、試行錯誤や命を削るぎりぎりの攻防を必死に繰り返したのがシヌノラの真の姿なのでしょう。
それゆえに、シヌノラにとっての性行為は、単なる快楽手段ではなく、命を削るぎりぎりの攻防そのものだったと言えます。そして、その裏返しとして、ボロボロになるまで戦ったシヌノラには癒しのための快楽行為が不可欠だったのでしょう。つまり、シヌノラにとっての性行為とは、戦いの手段と癒しの手段が同時並行する人生そのものだったもかもしれません。
余談・日本人の女は本当にシヌノラの最終目標たりえたのか? §
高潔な騎士のように振る舞ったトチローとハーロックですが、全ての日本人が高潔というわけではありません。そう思えば、後でシヌノラが落胆するのではないか……、という懸念も生じます。
しかし、その心配は杞憂でしょう。なぜなら、作中で、既に高潔ではない日本人も登場しているからです。シヌノラはそれも含めて日本人だと思っていたはずです。