2009年04月23日
早名礼子研究 total 17287 count

「めぞん一刻」は高橋留美子版「聖凡人伝」であるという仮説

Written By: オータム連絡先

 本当に書きたかった話はこれです。聖凡人伝と早名礼子に関する他の文章は全て、これに到達する過程でしかありません。

「めぞん一刻」は高橋留美子版「聖凡人伝」であるという仮説 §

 「めぞん一刻」と「聖凡人伝」の間には多くの類似点が見いだせます。しかし、いくつかの相違点も見いだせます。

構造的な類似 §

  • アパートが舞台である
  • 住人は変人ばかりである
  • 空室が多い
  • すぐ住人みんなの宴会になる (酒が多い)
  • ヒロインには既婚歴がある

主要登場人物の対応関係 §

  • 主人公の若者=主人公=五代
  • 隣室の怪しい職業の男=セックスカウンセラー=四谷
  • おばさん=アパートの管理人=一の瀬
  • お色気担当=早名礼子=朱美
  • 主人公の恋愛の相手=早名礼子=響子さん
  • 動物=ナニカ=惣一郎さん
  • 恋のライバル=早名の男達=三鷹

※ 早名礼子が2回出てくること。恋のライバルが複数であること以外は、対応関係が驚くほどよく取れてしまう

個別の類似点 §

  • アパートの部屋の間の壁には穴が開いている
  • 水商売への隣接 (めぞん一刻は水商売で働く朱美、スナック茶々丸、五代が働くキャバレーなど。聖凡人伝ではセックスカウンセラー、2号・妾専用のマンション、早名礼子の友達はバーのママ等)

このサイトの分析結果を前提とした類似点 §

相違点 §

  • 聖凡人伝には、アパートが首つり自殺のメッカという場所に関わる特殊な設定がある。めぞん一刻にはない
  • 「隣室の怪しい職業の男」の職業が聖凡人伝では明示されるが、めぞん一刻では明かされることはない
  • 早名礼子が示す、誰とでも寝る、目的や取り引きのために寝る、主人公が見ている前で隣室のセックスカウンセラーとも寝る、といった過剰な性行動が、めぞん一刻では一切見られない。お色気担当である朱美ですら、扇情的な格好で酒を飲むというレベルから先には行かない
  • 主人公の相手の女性が持つ過去の男関係が、聖凡人伝では屈折して必ずしも精算されていない普通の男女関係であるのに対して、めぞん一刻では精算済みの未亡人である

分析 §

 めぞん一刻とは聖凡人伝から「非常識な要素」を除去することで成立した「高橋留美子版聖凡人伝」であると解釈すると、すっきりと整合します。

 まず、もちろん首つりのような要素はそのまま除去されます。

 2号・妾専用マンションのような存在も除去されます。これにより、大マンションに相当する場所は作中から消失し、ヒロインもアパートに住むことになります。ここでヒロインと管理人の立場の衝突が発生するので、必然的におばさんキャラの立場を普通の主婦に切り替える必要が生じます。

 次に、「隣室の怪しい職業の男」は、健全な男ではその役目を果たせないが職業を描くわけには行かないので、職業不詳でなければなりません。

 更に、主人公とヒロインの間の関係を性行為中心で描かないために、ヒロインから色気を抜かねばなりませんが、それでは作品が必要とする色気の水準を満たせません。そこで、早名礼子が担っていた立場を2つに分離し、お色気担当と恋愛担当の女性キャラを分けねばなりません。

 とはいえ、お色気を抑制的にしか扱えない制約がある以上、朱美は四谷や一の瀬よりも印象に残りにくいキャラクター性を持たざるを得ません。

 元旦那とのドロドロした関係の要素を除去するために、既婚歴のあるヒロインの旦那は既に死んでいる状態に設定されねばなりません。上の条件を満たし、かつ、主人公と釣り合う年齢に設定するためには、響子さんは極端に早い時期に結婚していると設定されねばなりません。

 動物は、鳥を殺して奪うような行動をさせるわけには行かないので、普通に世話をされるペットに変更しなければなりません。その際、主人公の男はこまめにペットの世話をするタイプではないので、飼い主は変更されねばなりません。

 恋のライバルは、肉体関係を前提とする場合、1回限り登場する男性キャラ(複数)をその立場に設定できます。しかし、肉体関係抜きでヒロインを競い合う関係とする場合は1回程度のデートで決定的な変化があるはずもないので、継続的に付き合うキャラに置き換えられねばなりません。更に、あまり多くの男をえり好みして選んでいるような状態は排除されるべき要素なので、恋のライバルは1人の男に集約されねばなりません。これが聖凡人伝に直接対応するキャラがいない三鷹です。

 つまり、相違点は「非常識な要素を除去する」という要請から全て必然的に導き出しうるのです。

めぞん一刻の解釈 §

 このことは、めぞん一刻に存在する「不思議な設定」の根拠が必然的に説明しうる、という点で魅力があります。たとえば、既に説明した以外に、以下のような謎は全て解釈できます。

  • 音無響子はなぜうる星やつらのラム等と比較してスマートな等身に変化したのか (早名礼子のイメージを継承したキャラであればスマートな等身になるのが自然)
  • なぜ空室が多くあまり埋まらないのか (一刻館側に明瞭な理由はないが、聖凡人伝側には首つりで有名なので入居者が集まらないという理由が示される)
  • なぜ一の瀬の夫は影が薄いのか (物語構造上必要が無いにも関わらず、おばさんキャラを管理人から主婦に変更した関係上、意図せずして登場させざるを得なくなったから)
  • なぜ、盛り上げておいてオチで落とすエピソードが多いのか (落とさなかったら誰かが首を釣りかねないから)

ヒロインの名前の問題 §

 実は、音無響子と早名礼子は「XXな(し)YYこ」となっていて、姓名の双方が共通する音で終わっています。それが類似性を感じさせる、という解釈もあり得ます。

 ちなみに、女性名が「こ」で終わるのは珍しくないのも事実ですが、実は一刻館住人で「こ」で終わる名前を持つ女性は響子さんだけです。七尾こずえも八神いぶきも、「こ」では終わっていません。

就職活動 §

 実はWikiPediaで基本情報をチェック中に意外な記述に気付きました。

めぞん一刻より

八神 いぶき(やがみ - )

(中略)

就職活動に苦しむ五代を見かね、大手商社の人事部長である父に五代の入社を依頼し、逆に不利に追い込んでしまうこともあった。

 早名礼子が就職活動に苦しむ出戻を見かね、会社の偉い人に出戻の入社を依頼するのは1つの典型的なパターンです。就職支援の方策はいろいろありますが、偉い人に直接頼み込んでしまうのは、聖凡人伝に隣接した展開だと言えます。

時系列 §

  • 聖凡人伝は1971年~1973年に『漫画ゴラク』(日本文芸社)に連載
  • めぞん一刻は1980年11月号から1987年の19号にかけて「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)で連載

 従って類似性に意味があるとすれば、影響の伝播は聖凡人伝→めぞん一刻の方向しかあり得ません。

まとめ §

 以上の類似性が偶然であるか必然であるかは分かりません。

 ただ、めぞん一刻という作品が持つ「妙に噛み合わない感じ」について、根拠を説明してくれる点で魅力を感じます。めぞん一刻は傑作であり、五代と響子の話としては傑作ですが、最後まで正体不明のままの四谷や、色気を暗示しつつ本当に色気のある行動をまず取らない朱美など、どうしてもしっくり来ない部分が残っていたのも事実なので。

補足 §

 このようなアイデアを思いついたのは、私が最初であるはずがない、と思います。先行する同じ趣旨の研究をご存じの方はぜひお教えください。

聖凡人伝

FROM SEI-BONJIN-DEN